お節料理

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 60代の生き方へ *にほんブログ村に参加中!

DSC_1041

お節料理って地方毎、家庭毎にいろいろな決まり事があったりしておもしろい。

私は普通にお節料理を全部作る家庭に育ち、両親のそれぞれの実家の雑煮を継承するのを当たり前に過ごしてきた。途中で2度程よそのお宅で過ごした正月が18回あったが、最初の14回は変われば変わるもんだなぁと思いつつも、諦めて粛々とお節準備を進めていた。次の場合はお節とは適当に買ってきて並べるが主体だったようで、食べたいものを並べれば良しという感じで緊張感もなかったがあれはあれで現代的ってなのかも。

今の夫と一緒になって、初めてのお正月。ワンルームアパートのコンパクトなキッチンでお節料理を作りお重に詰めて夫の実家に持参した。出汁もきっちり取り、ペットボトルにつめて持って行った。

お雑煮。。。白菜と椎茸と鶏胸(皮なし)豆もやしに餅。かなり煮込んでくたくたの白菜、紐状のもやし、ぱさぱさの鶏肉、すが通った厚揚げ、溶けた餅。うっそーーーー!と思ったけど、ぐっと我慢。出汁だけは持参のものを使ってもらえたので、味だけは・・・・と諦めた。

冷蔵庫から大根を取り出した義母がザクザクと切り、人数分の小鉢に盛り分けた。ちょうど山芋の短冊って居酒屋メニューがあるけどあんな感じね。そこにお醤油をざっと回しかけて「なます並べてね」と言う。えーーーー!大根のざく切りに醤油掛けたのがなます??うっそ!

真空パックの栗の甘露煮、パックを開けて小鉢に盛る。「はい栗きんとん持って行ってね」ううううう。何も言えない。

数の子は洗って切った塩数の子におかかがのっている。「これしょっぱいから少しね」。うん、これは塩抜きするものだと思っていたのだけど、私。塩抜きしないで使う家もあったのか。

お重を開けて並べると「あらーー綺麗!こんなの作れるの!うそー!」と、義姉が声を上げる。買ってきたのをつめ替えたと思ったらしい。

そりゃ、あんなお節料理(料理といえるのか?)だったら「食べて美味しいものじゃないから二日目からはカレー食べていた」と言う夫の言葉がよく理解できる。一生懸命(楽しんで)お節料理の準備をして作り始める私に「無理すること無いよ」と、お節料理作りを阻止しようとしたのもよくわかる。

義母は料理がかなり苦手だ。それでもずっと作り続けていたのは家族を大切にしていたからだと思う。夫は早くから実家を出てきちんと自炊する一人暮らしだった。義姉はいかず後家で義母がすべて面倒を見ていたから偏食でわがままなパラサイトである。

ぱさぱさの皮なし鶏肉しか雑煮に入らないのも、義姉が食べられる(文句を言わずに食べる)ものを中心にしたからなのだろう。同郷同士の結婚とはいえ、出身地から遠く離れたところでの核家族。故郷の料理の伝統を受け継いでいくことも無かったのかもしれない。

5年前に義母が脳梗塞で倒れ、その前から入居していた施設で迎える6回目の新年。

あの雑煮にはどんな意味があったのか。もう聞くことは出来ない。もちろん夫は知らないという。義姉には聞くだけ無駄なので聞けない。義母の代わりに連絡を取り合っている故郷の親戚に聞くのも憚れるので真相は判らないまま。多分私の想像から遠くないとは思うが。

今年の雑煮は夫の思い出の中身をちょっとアレンジした。

白菜と豆もやしは入れる。鶏肉はもも肉を使う。かまぼこは千代結びにして、絹揚げはさっと下ゆでしてつるんとした食感を大切にしてみた。餅は別鍋で軟らかくして椀に入れる。勿論お椀は結婚してから求めた雑煮椀を使う。

お節料理もちゃんと作った。

夫の実家に持って行く必要がなくなったので、二人で食べきられる分量を目指して(残ってもお弁当に入れてもいいから)こさえてみた。実家で作り続けていたお節料理は正月3が日続けて食べても飽きなかったんだけどな。それがお節だと思っていたんだけどな。

14回のお節作りもいろいろ吐き出したい思いがあるが、それはまた改めて。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 60代の生き方へ




  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA